大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

富山地方裁判所高岡支部 昭和37年(ミ)2号 決定

更生会社 株式会社般若鉄工所

右管財人 野村憲一 外二名

主文

本件会社更生手続を廃止する。

理由

本件申立の要旨は、

更生会社株式会社般若鉄工所(以下本件会社という)は昭和三七年三月一〇日当裁判所において、会社更生手続開始の決定を受け、野村憲一、河村光男、金森康成はその管財人に選任され、右管財人ら作成にかゝる更生計画案は、昭和三八年三月二二日当裁判所における更生計画案審理および決議のための各関係人集会において審理可決を経て、同月二九日当裁判所により、右更生計画認可の決定がなされた。爾来管財人らは本件会社の再建に努力して来たが、昭和三九年に至り、経済界の変動とともに会社内の労働事情も加わつて、会社運営資金の調達等に困難を招来し、ひいては本件会社更生計画の内容たる更生債務等の弁済にも支障を来たすに至つたため、更生計画変更案を作成して関係人集会の審議に付したところ、関係人集会における審理の結果、更生担保権者の協力を得られないこと等の理由により、当裁判所において、右更生計画変更は認可されるに至らなかつた。しかし更にその間において、本件会社の運営は増々苦しく、銀行の資金融資も渋滞し従業員の賃金支払いも滞り、遂に同年九月三〇日に至り、本件会社関係の総額金四〇、二〇〇、〇〇〇円の約束手形の支払について取引銀行の割引きを得ることができない状態に立ち至つた。そこで管財人らは本件会社に対する右の事態は更生会社としての更生計画を遂行しうる見込みがないことが明らかであると判断し、本件会社の更生手続廃止を求めるというのである。

そこで右管財人ら主張の当否につき検討するに、記録によると次の各事実が認められる。

一、本件会社は、明治三八年来高岡市金屋町において、般若松平(初代)が個人企業として銑鉄鋳物の製造販売業を始め、その後現在の般若松平(三代)がその事業を引き継ぎ、般若鉄工所として工作機械の製作を主体とする企業として業界に進出して来たものであるが、昭和三五年および同三六年当時の経済界ならびに工作機械業界の好況の波に乗つて企業の経営は隆盛を極め、昭和三六年六月三日、資本金総額八〇、〇〇〇、〇〇〇円として株式会社般若鉄工所、同庄川般若鉄工所、同氷見般若鉄工所の三社の株式会社を設立して従来の事業一切を継承してきたところ、同年下期における経済状勢の急変換により金融面は著しく梗塞し、その為急激な設備拡充計画を実行していた右三社の資金は固定化し、そのうえ急激な企業の膨脹に伴なう生産の拡充計画、企業経営計画ならびに資金計画の不整備等が原因となつて各会社の運営は窮境に陥り、遂に昭和三六年一一月一三日当裁判所に会社更生手続開始の申立をなし、同三七年三月一〇日会社更生手続開始の決定を受け同時に北陸電力常務取締役野村憲一、弁護士河村光男、公認会計士金森康成の三氏は管財人に選任された。

二、かくして管財人らは本件会社再建に乗り出し、昭和三八年三月二二日、右管財人ら作成にかゝる(1) 弁済方法=第一回弁済期日を昭和三九年三月三一日とし、更生担保権については五年間、更生債権については一〇年間の期限で、会社営業利益により会社債務全額を毎年三月末日に分割弁済する。(2) 毎年三月末日の弁済期において延滞の場合には年一割の延滞損害金を支払い、繰りあげ弁済が可能の場合には年利一割の現価に還元して支払うものとする。(3) 三社の資本金の四分の三を減資し、昭和三八年四月一日をもつて三社合併し、新会社の資本金を二〇、〇〇〇、〇〇〇円とする基本条項の更生計画が関係人集会において可決され、そして同年三月二九日当裁判所の更生計画認可決定を受けるに至り、管財人らは管財事務に専念したが、約二、〇〇〇名におよぶ従業員を抱え、経済界における不況の傾向に影響されて、次第に会社運営資金等の調達に苦慮する状況に立ち至り、右局面を打開するため、それまで空席だつた会社役員を、富山県、高岡市各当局および財界、金融界等の推選によつて選任し、右関係当局の協力のもとに本件更生計画の遂行を側面から援助させるべく企図し、昭和三八年九月二五日野村管財人外財界ならびに金融業界の有力者五名の会社役員を選任して当裁判所の承認を得た。そして一方本件会社がオランダのゴツセラー商社との間で取り交した旋盤輸出契約に基づいて、日本開発銀行に対する資金導入の運動も強力に押し進めた。しかるにその後の会社運営は、経済界における金融の引締、投資の抑制、需要の減退、手形支払の長期化等の悪条件のもとで、昭和三八年一二月に起きたストライキにより労働組合との間における年末手当闘争が長びいたこと等が原因となつて生産は低下し、そのため更生計画による更生担保権、更生債権等の支払いを第一回の弁済期たる昭和三九年三月三一日に履行することができず、遂に同年五月一一日に至り、管財人らは第一回の弁済期を昭和四〇年三月末日とし、更生担保権については三分の一を、更生債権については二分の一の各債権額を切り捨てる旨の条項による更生計画変更案を作成し、関係人集会に提出して審議に付したが、本件更生計画の遂行についての有力なる推進者である更生担保権者の同意を得られないという事情等を理由として、同年一〇月一四日当裁判所において、右更生計画の変更は不認可となるに至つた。更に同年七月以降会社従業員に対する賃金の支払は遅滞し、同年八月に入るや、当裁判所に従業員から管財人らを相手方とする賃金(同年七月分)仮払い請求の仮処分の申請がなされ、同年九月五日右申請認容の判決が言渡されたが、さらに同年八月分および九月分賃金仮払い請求の仮処分の申請がなされ、同年九月二八日ならびに一〇月一四日右申請認容の各仮処分決定があつた。そして同年九月三〇日に至り本件会社の再建につき金融面における有力なる援護者たる株式会社北陸銀行は支払期日同日なる本件会社関係の総額金四〇、二〇二、四六〇円の手形割引きについての融資を拒否し、そのため管財人らは種々接衝を重ねて、右銀行の融資を求めるべく努力したが失敗に終り、遂に同年一〇月三日高岡手形交換所より銀行取引停止処分を受けるに至つた。

三、本件会社における会社更生手続開始の申立理由は、前記の如く個人企業の時およびそれが会社組織に変更した際に行つた急激な設備拡張および飛躍的な企業拡大に対する無計画性等にあつたのであるが、本件会社更生手続開始当時すなわち昭和三七年三月一〇日現在における資産総額は貸借対照表によれば、流動資産一、二〇七、二四二、七八一円で固定資産一、〇五三、七五四、七〇七円、合計二、二六〇、九九七、四八八円を有しており負債は二、三五八、一六七、一八五円に達し、結局差引額九七、一六九、六九七円の赤字となつていた。一方、本件更生手続廃止申立に際し、その資産総額は、昭和三九年八月三一日現在において、その貸借対照表によると、流動資産は九九二、五二〇、〇〇〇円、固定資産は一、一六一、六〇四、〇〇〇円合計二、一五四、一二四、〇〇〇円となつており、負債は流動負債一、一九五、八七九、〇〇〇円、更生債務等のいわゆる固定負債は一、六二四、一四一、〇〇〇円合計二、八二〇、〇二〇、〇〇〇円に達していることが認められる。右事実について、本件会社における固定資産の変動は、大きな財産としては、高岡市木津一、六八三番地の土地並びに建物(いわゆる木津工場と呼ばれていた旧工場)を昭和三八年八月一日当裁判所の許可を得て機械設備の完備および会社運営資金調達の目的で八五、〇〇〇、〇〇〇円で他に売却されているが、右売却代金によつて購入設置した新たな機械により本件会社の固定資産の減少は認められない。

四、次に更生手続開始後における本件会社の負債につき検討すると、昭和三九年八月三一日現在において貸借対照表によると更生担保債務、更生債務、祖税債務等の固定負債は一、六二四、一四一、〇〇〇円であり、右債務は前記の通り更生計画の第一回の弁済期にその支払がなされず、これまでの会社運営に際し多額な赤字として金融面に対する悪影響を免れることはできなかつた。他方、流動負債についても、その額が一、一九五、八七九、〇〇〇円に達し、その内容については、その大部分が更生計画遂行について協力を要請した本件会社事業に直接関連を有する原料資材等の供給者および下請加工業者等に対する債務であり、そのような流動負債の存在することは今後の会社更生上大きな影響をもつものと認められる。

五、更に本件会社の事業経営面をみると別表(一)〈省略〉(月例報告における会社総経費の集計)の通り本件会社の一ケ月に要する必要経費は平均すると約七四、〇〇〇、〇〇〇円を要しその中の人件費は一ケ月平均約四〇〇〇〇、〇〇〇円ないし五〇、〇〇〇、〇〇〇円の多額に達し、企業経営経費中約五四パーセントないし約六七パーセントに相当しているが、一方本件会社における資金繰りの面は、収入は製品の売却代金の回収によるものであるのに買主たる相手の支払は、ほとんど一〇ケ月ないし一二ケ月を満期とする手形決済によるものであり、従つて会社運営に要する資金調達の実効性は、有力なる買手を探すことの外に結局銀行に対する経済的接衝による手形割引額の増加に依存せざるを得ない実情にあることが認められる。そしてこのことは会社運営の成否すなわち本件更生計画遂行の成否は一に銀行の本件会社に対する協力援助態勢の強弱如何にかゝつていることを示すものであり、別言すれば、管財人の主要事務は対銀行間の経済的接衝であることを物語るものである。

六、更に本件会社の生産性についてみると、本件更生計画において、管財人らは、事業計画として旋盤の生産計画は月産平均二五〇台、金額にして一八〇、〇〇〇、〇〇〇円を予定していた。そこで別表(二)〈省略〉(月例報告の集計による)によると、当時の本件会社の従業員は約二、〇〇〇名を数えていたが、本件更生計画認可後の昭和三八年四月以降昭和三九年八月までの製品の生産状況ならびに右製品の販売状況に関し名実ともに右予定金額に達した時期は昭和三九年三月、四月、五月の三期のみでありその他の月は生産台数において計画予定数に達しても販売面における売上実績は計画通り実行されないという状況が続いていたことが認められる。

七、管財人らは、昭和三九年九月三〇日において、北陸銀行等有力金融機関から本件会社に対する融資を断わられた事情も含めて、本件更生計画の遂行は不可能であるとして同年一〇月二日更生手続廃止の申立をなし、当裁判所は右申立により同年一一月四日当裁判所において、利害関係人集会を開き各関係人の意見を聞いたところ、更生担保権者入丸産業株式会社、更生債権者長慶長一等はそれぞれ更生計画遂行の見込みがないことが明らかである旨発言し、一方従業員をもつて組織されている労働組合の執行委員長武田利雄は本件会社更生計画の遂行の成否について、(1) 管財人は会社財産を不当に売却処分をしたり、会社役員の監督を充分に行つておらず、従つて誠実に管財事務を遂行しているものとは認められない (2) 管財人申立の本件更生手続廃止の理由について、管財人の発言を資料もない状態で信用することはできない (3) 従業員に対する賃金を未払の状態においたまゝで更生手続を廃止することは肯定できない (4) 本件更生手続廃止の申立は組合員に対する不当な解雇を企図しているものであるから認められないと述べて本件更生手続廃止申立には同意出来ない旨発言したことが認められる。

(結論)

以上の各認定事実および記録により認められる手形不渡のため銀行取引停止処分を受けた本件会社の更生手続に至るまでの経緯と更生手続開始後の会社の運営状況すなわち本件会社の更生につき管財人が選任されるに当り、本件会社が工作機械製作企業として、富山県下における有力な地方産業の一つと目され、その再建に対しては富山県および地元の高岡市当局も大きな関心を寄せ、県、市の財界ならびに金融界の支援のもとに三管財人が選任され、その管財事務の遂行に努力して来たこと、しかるに現在においては県、市の本件会社の再建について積極的、実効的な協力を期待することができず、特に会社運営に必要な運転資金の調達につき銀行等有力金融機関の融資援助が杜絶状態となり、そのうえ本件会社の再建に有力な発言力を持ち、又本件会社と密接な関連を有している各更生債権者等が利害関係人集会において、本件会社の更生につき賛意を表明しない事実、ならびに本件会社の企業としての収益性の問題、その他将来における企業合理化の問題等を考慮し更に金融界等において金融緊縮策が強化されている状況等をも考え合わせると、再度窮境に陥り極度にその信用を失墜するに至つた本件会社においてはいずれの角度から検討してみても最早や起死回生的の方途は空しく、以上の事由は要するに、会社更生法二七七条にいわゆる計画遂行の見込がないことが明かになつたときに該当するものと認められる。なお記録を精査しても他に右認定をくつがえすに足りる確実な資料は存しない。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 水島亀松 神野栄一 小野寺規夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例